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2007 東海七福神めぐり  1月2日
出典:トホホの人生論 Web Site by N.HAYASHI


今年の七福神は、東海道五十三次の最初の宿となる、品川宿沿道の「東海七福神」です。

今日は2日、箱根駅伝の選手達が、つい2時間ほど前に駆け抜けた第一京浜です。
旧東海道は京浜急行線をまたいだ反対側を通っています。

この位置が旧東海道との分岐点です。
僕達はそちらを歩いていきます。

品川は超高層ビルが再開発で立ち並んでいます。

京浜急行線の踏切を渡っている唐辛子です。

道沿いには、多くこのような表札が掲示されていました。
この辺りは、「清水横町」と呼ばれています。

店のシャッターにも歌川広重の
東海道五十三次「品川宿」が描かれています。

地元のみなさんが主催する「まちづくり協議会」と協力して景観を作っています。
歩道橋を降りたところが京浜急行の北品川駅です。
箱根駅伝の規制が正月らしいですね。
北品川駅から10分ほど歩いて、
「品川神社」に到着。
相当な急坂
階段を上りきると、初詣の皆さんで境内はいっぱい。
お餅つきもしていて、とても賑やかです。
品川神社には大黒天が祀られています。
色紙を求めて、最初のご朱印をいただきました。
品川神社には、江戸時代から
富士山があるんです。
当時富士山の溶岩を使って作られたもので、この富士山を登っ御利益を願っていたのでしょうね。
頂上です。
下山の途中です。
ちょうど8合目かな。
ちゃんと、一合目から十合目まであるんですよ。
品川神社から5分ほどで、布袋尊の養願寺です。
創建は正安元年といわれ、「品川の虚空蔵さま」と呼ばれているそうです。
布袋尊です。
次の一心寺は、見える距離のところにありました。
寿老人が祀られています。
成田山の提灯でも分かるように、本尊は不動明王。

安政2年に町内の発展と守護のため創建され、裏鬼門の「方角に向いています。
寿老人です。
荏原神社までは、15分近く歩きました。
創建はとても古く、709年です。
恵比寿さんが祀られています。
これが、恵比寿さん?
なんか、最近作られているじゃん。
品川寺(ほんぜんじ)は青物横丁にあります。
ここが「品川寺」です。
承応元年(1652)
寺宝の大梵鐘から「鐘の寺」とよばれているそうです。
したがって、僕も鐘を打ってみました。
|||||ヾ( ̄  ̄) カーン!

毘沙門天が祀られています。
ただ、お寺の中まで入れてもらったのですが、いったいどれが、毘沙門天なのか、分かりませんでした。
福禄寿が祀られている「天祖諏訪神社」は
品川寺から徒歩30分と言うことで、少し疲れていたので、青物横丁駅まで戻り、立会川駅まで京浜急行線を使いました。
福禄寿をなでると、ご利益があります。
七福神の最後となる 磐井神社へ向かう途中に、鈴が森刑場遺跡があります。
この井戸が、首洗いの井戸です。

江戸時代この石に柱を立て、罪人を公開処刑していました。右の丸い石は火あぶり台で、
「八百屋お七」はここで生きながら火あぶりにより処刑されたそうです。
今回の七福神の最後、磐井神社です。
起源は古く、1400年の歴史を誇っているそうです。

祀られているのは、弁財天です。
奥のほうに、弁財天が・・・・
見えますか。
本日のお土産
品川懸麦酒です。

日本で最初のビール工場は品川にあったのです。
東海七福神 色紙
2007/1/2 N.HAYASHI


N.HAYASHI

幕張在住。エステシティ海浜幕張の野球チームで活躍。同マンションのホームページ制作委員会所属。仕事に趣味にバリバリの昭和29年生まれ。「トホホの人生論」というユニークなホームページを運営管理している。

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トホホの人生論
 

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